第55回 桜花賞 1995年
1995年の桜花賞は例年の阪神競馬場ではなく、京都競馬場で行われた。この年の1月に起きた阪神・淡路大震災は桜花賞の舞台である阪神競馬場を直撃。スタンド、そしてコースは壊滅的な被害を受けた。JRAはこの事態を受けて、開催スケジュールを変更。京都競馬場での桜花賞施行となったのである。
この1995年は桜花賞以外にも暗い話題が世間を襲った。3月にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生。こうしたテロ行為を警戒して、競馬場内を警察官が見回るようになったのもこの時からだった。
せめて競馬だけでもこの暗い世相を吹き飛ばすことはできないものか。競馬ファンは桜花賞である1頭にその想いを託すことになる。その馬の名はライデンリーダー。地方・笠松競馬所属の馬だった。この1995年から地方競馬に所属する馬でも、ステップレースで出走権を確保すれば、中央競馬のG1レースに出走出来るよう、制度が改められた。その制度改正元年にいきなり笠松からライデンリーダーという、強力な1頭が参戦してきたのである。
笠松競馬場、名古屋競馬場のレースで10戦10勝。圧倒的な強さを見せたライデンリーダーは、前走の4歳牝馬特別で中央競馬のファンにその姿を現した。そしてそこでファンが見たものはライデンリーダーの衝撃的な走りだった。馬群の中団を追走していたライデンリーダーは直線に入ると、他の馬が止まって見えるほどの強烈な末脚で先頭を奪い、ゴール板へと突き抜けた。地方競馬にこんな強い馬がいたのか。ファンは驚き、そして支持へと変わる。笠松競馬場という、地方の小さな競馬場から出てきた馬が中央のG1レースを勝つ。そんなドラマを見ることが出来れば、暗い世相も吹き飛ばすことができるのではないか。
だが中央競馬の関係者たちも黙ってはいない。地方馬に簡単にG1を勝たせてなるものか。そんな姿勢はこの桜花賞の流れから感じられた。4コーナーから直線に向いたところで、ライデンリーダーの前には壁が出来ている。右にも左にも出すところがない状態。これでは4歳牝馬特別で見せた強烈な末脚は使えない。ようやくライデンリーダーの前が開いた時、前には既にワンダーパヒュームなどがゴール目前に迫っていた。時既に遅し。ライデンリーダーは勝ったワンダーパヒュームから1馬身3/4差の4着に敗れた。
悔しい4着だった。だが厳しい状況から巻き返して健闘を見せた4着でもあった。4着に入ったことでオークスへの優先出走権を手にしたライデンリーダーにファンは新たな期待を抱くことになるのだった。