第43回 桜花賞 1983年
1983年の桜花賞で単勝1番人気に支持されたのはダイナカール。前年の1982年は新馬戦、400万下特別、中山の3歳牝馬Sと3連勝。年明け初戦のクイーンカップは5着に敗れたが、続く4歳牝馬特別では2着に入り、桜花賞へと駒を進めた。その4歳牝馬特別を制したダスゲニーが2番人気。クイーンカップ、4歳牝馬特別を連勝している。3番人気はシャダイソフィア。4歳牝馬特別は3着だった。前年1982年の函館3歳ステークスを優勝している。
雨の中、不良馬場で行われたこの1983年の桜花賞。ゲート入りの際にメジロハイネが枠内で駐立して発走遅延が発生。これに苛立ったダイナカールが枠入りを拒むなど、波乱含みのレースとなった。レースは好位から直線で先頭に立ったシャダイソフィアがミホクイーン、ダイナカールの追撃を退けて先頭でゴール板を駆け抜けた。鞍上の猿橋重利、管理する渡辺栄調教師はともに、これが八大競走初制覇となった。
勝ったシャダイソフィアの次走はオークスではなく、牡馬相手のダービーだった。しかしさすがに相手が強すぎたのか、17着と大敗。一方でオークスには同じ社台グループのダイナカールが参戦して優勝したことで、このシャダイソフィアの起用法を巡り、ファンや競馬メディアの間で議論となったこともあった。吉田善哉オーナーもこの判断を悔いたという。秋には牝馬戦線に戻り、サファイヤステークスを優勝した後、オパールステークス2着、そしてエリザベス女王杯でも2着。古馬になってからも1985年のコーラルステークスや阪急杯で優勝するなど活躍を見せた。しかし優勝した阪急杯の次走、スワンステークスのレース中に故障を発症し、予後不良。悲しい最期となった。