第42回 桜花賞 1982年
1982年の桜花賞は主役不在の大混戦。本来、主役となる筈だったクイーンカップの優勝馬ビクトリアクラウンが故障してしまったのだ。
代わりに単勝1番人気となったのは4歳牝馬特別3着のマンジュデンレディ。このレースで2着だったリーゼングロスが2番人気。3番人気は8着だったメジロカーラ。8着と言っても勝ったツキマリーとは0秒7差しかない。何が勝ってもおかしくない大混戦だったのだ。そんなムードのまま桜花賞の日を迎えることになる。
しかしその混戦ムードを断ち切ったのはリーゼングロスだった。道中は好位の外をスムーズに追走。直線で馬群から抜けだすと、後続を突き放して先頭でゴール板を駆け抜けた。2着メジロカーラとは5馬身差。圧勝と言ってもよいほどの内容だった。
この桜花賞で一皮むけたということになるのだろうか。リーゼングロスは次走、東京の4歳牝馬特別も勝って、続くオークスでは堂々の1番人気に。結果は2着に敗れたが、馬場入場後に放馬して、カラ馬のままコースを1周するアクシデントがあった。勝ったシャダイアイバーを捕まえ切れなかったのは、そんなところに原因があったに違いない。しかし、そんなアクシデントをモノともせず2着。これは実力をつけた証だろう。放馬がなければ、桜花賞とオークスの2冠馬に輝いていたのではないだろうか。
その後は屈腱炎に悩まされるなどして、満足な競走馬生活を送ることが出来なかったリーゼングロスは1983年の目黒記念(秋)で7着に敗れたのを最後に現役を引退。繁殖牝馬となってからは1988年のオークスで3着に入ったアインリーゼンや1992年の七夕賞を制したリーゼンシュラークなどをターフに送り出した。繁殖牝馬を引退した後も長生きし、2007年に28歳の大往生でその生涯を終えている。